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 院長の独り言3

   
 

ジャイサルメール

2000年11月、北インドの都市ジャイサルメールを訪れた。西はパキスタンとの国境の間近であり、高台に登れば見晴しの良い日にははるかパキスタンが見えるという。ジャイサルメールはインドと中央アジアを結ぶ東西交通の要所、ラクダ隊商のオアシスとして栄えた要塞都市である。現在では観光コースから完全に外れた場所にあるため、日本人が訪れるような事はほとんど無い。まずはこの町へ入るのが大変である。この前日に泊まった都市はパランプール、その前日はパリタナであったのだが移動はバスで行った。それぞれ約9時間と約12時間のバスの旅であった。日本の高速道路なら快適なのだろうがインドの長距離移動は何にしろ過酷なのである。連日で約800Km〜900Kmの移動は本来飛行機の距離なのだが、このあたりには飛行場はないので仕方がない。特に前回のパランプールからジャイサルメールへ向けての出発は朝の2時であった。移動距離が長いのでこの時間に出発しなければ目的地に到着するのは夜になってしまうからである。さらにジャイサルメールは砂漠の中の都市である。そこへ到達するためには砂漠を何時間もかけて越えて行かなければならない。暑さを避けるためには夜の移動は大変論理的なのである。しかしここはインド、問題はあるのである。実はそれまで私も知らなかったのであるがパランプールからパリタナへの山越えの道は現在でも大変危険であると言う。その山越えの道で多分朝の4時〜5時頃だったと思うがトイレのためにバスをストップさせた。砂漠地帯へ入る手前なのでまだ周辺には木が多い。バスのドライバーが早くしろ,奥へ行くなという。どうせコブラの事だろうと思ったがやけに真剣なので満天の星をもっと見たいと思ったのだが,そこそこでバスに戻った。他の人もいたのだが彼らがバスに乗り込むのももどかしくドライバーはバスを急発進させた。インドでは大変珍しい光景である。よくよく聞いてみると,実はその峠のあたりはよく山賊が出るというのである。ぐずぐずしていてもし山賊に見つかって追いつかれてしまったら,こんな場所ではどうしようもない。確かにコブラはうようよいたのであるが,それより山賊のほうがはるかに危険だという事であった。・・・という事でわれわれの乗ったバスは全速力でその場所を離れたのであった。

この夜の試練はもう1つあった。山越えをして砂漠地帯に入ったバスは相変わらず全速力で走っている。この時期北インドの日の出はかなり遅く7時をかなり過ぎでからである。何が問題かと言うとむちゃくちゃに寒いのである。私は寒さにはかなり強いほうである。それでも砂漠の夜は寒いという事で長袖のシャツとトレーナーは着ていた。ウインドブレーカーやセーターも持参していたのだがバスの中という事で油断してスーツケースの中へ入れてしまった。そのスーツケースはバスのトランクの中である。われわれのバスはエアコンが備わっていてしかも可動である(この意味のわかる方はインド通である)高級バスであった。しかし暖房は入れてもらえなかった。多分装備されていなかったのだろう。インドのバスで暖房が恋しかったのはこの時だけである。バスのドライバーがインド人には珍しく毛糸の帽子を持っていた事の理由に気づいたのはこの時である。神の配慮か、はたまたインド人の配慮かバスの荷物棚に大量の新聞を見つけ、このときはそれを体に巻いてその場を凌いだ。しかし眠る事は出来なかった。私は寒さで眠れなかったのは生まれて初めてである。

苦労はあったが,ジャイサルメールはそれに充分報いてくれる都市である。我々でさえこんな苦労をしてはじめてたどり着ける町である。その昔ラクダを連ねた隊商達は生死を賭して苦労を重ねた旅の跡に砂漠のかなたにまさに蜃気楼のごとく浮かんで見えるこの都市を見た時どんな気持ちがしただろうか?

さらにこの町に現実に立ってみると遠くから見た時の感激を裏切らない不思議な町である。現在まで訪れたインドのどの都市にも似ていない。さらに言えば私が過去訪れた世界中のどの都市よりも不思議な町である。

ここで宿泊したのはナラヤン・ニワス・パレスという約150年以上前のラジャスターン様式の当時の建物を改装したホテルである。この町の最も中心となるジャイサルメールの景観を眺めるにはまさに理想的なポジションにある。おまけにここは改装してはあっても,恐らく当時も隊商のしかも最も裕福な人達が泊まった宿であろう。この町独自の黄砂岩で作られた壁や彫刻から当時の波動が伝わってくる。さらにこのナラヤン・ニワス・パレスホテルの屋上からジャイサルメールの町を眺めると迷路のごとく,と言うよりも迷路そのものと言ったほうが良い。薄黄色の町並みが巨大な城塞に向かって延びている。そしてその城塞の中にはここからは見えないがさらに高度な迷路となっているのだ。

日の出を見ようとまだ星の輝く時間からこのホテルの屋上に上がる。砂漠の中に正にオアシスであるこの都市は本当にバイブレーションが高い。普段では気功やマントラしながら取り入れなければならない位のエネルギーは自然と入ってくる。朝の太陽が見えるまでこの場のバイブレーションを楽しんだが,朝日が昇り始めるともうそれ所ではない。まさに1秒1秒空の色が変るのである。そしてその太陽の光が城塞の黄砂岩の城壁の色を変えていく。夕日に照らされ輝くこの街をゴールデンシティと呼んでもよいかもしれない。

ジャイサルメールの城塞の中は完全に1つの町を形成している。その中心を形成するのはジャイナ教寺院である。ここラジャスタン州はジャイナ教徒の多いジャイナ教地区である。恐らく気の遠くなる程の手間と時間をかけてこの地方独特の黄砂岩に彫り込んだ壁の彫刻や彫像がほとんど破壊されずに当時のままの、いや、長年の祈りにより当時に勝る波動を放っている。南インドなどの他の地区のヒンドゥー教寺院の多くは外敵進入により破壊されている部分が多かったがここジャイサルメールはそのほとんどが自然による侵食以外原形を保っている。砂漠により囲まれた特異な環境によるものだろうか?