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 院長の横顔

歯科医学、咬合治療、整体、

東洋医学、鍼灸、経絡、

気などの治療の研究を経て

スピリチュアルな世界に目覚める。

B聖者のアシュラムの前にて
(クールヌール)→

1977〜1994
咬合治療に東洋医学、経絡、鍼灸、整体指圧、高次元医学、「気」などをとり入れる。人の病気を治すのではなく、病気を持っている人を治す努力をする。
1994〜2000
スピリチュアルな世界に目覚め、現在までに約20回、インド、ネパール、フィリピン、インドネシアなどを訪れ、各地のヒーラー、聖者の直接の指導、教義を受ける。
特にインドは十数回訪れ、7人の聖者にヒーリング、宇宙の真理、ヴェーダの講義などを教授され、それを日常の生活や治療に生かしている。

 

院長の独り言 2

 
 

ここ2〜3年、まさに不思議な力のおかげとしか言うしかない、色々な方との出会いや、貴重な体験をさせていただいている。本当に有り難い事だと思っている。それぞれの出会いや体験は、私の人生にかつてなかった新しい教えを与えてくれ、また、それぞれの方々は私にとって様々な方面での「師」となっている。

例えば、A・F氏。彼とはフィリピン、インド、インドネシアなどの奥地を伴に旅したが、出会いの瞬間から互いに親友であった。とにかく非常に「気」があう。彼は、インドのサティアサイババのアシュラムやアガスティアなどを既に100回程度は訪れている。そして、私の知る限りでも、サイババの個人インタビューを3回は受けている。彼は縁のある人をサイババの下に連れて行ったりしているが、国内では船井幸氏、青山圭秀氏など、時代の寵児の講演会や環境問題の講演会などを数多く企画している。そのすばらしい内容を説明するスペースがないのが、とても残念である。ある時、突然、彼から私のところに大きなダンボール箱が届いた。中には、彼の企画した講演会の、カセットテープが数10本、演者の本も30冊程ぎっしりと入っていた。

また、A・F氏とはタイプの違う友人でもあるK・A氏。物事をつきとめねばおけない、という性格は私と共通するが、その行動力は凄いと言うより凄まじい。自分の興味の対象であれば世界中どこへで即座にとんで行く。自宅で私と電話している翌日に「調査」と称し、チベットやフィリピンの秘境へ旅立つのはよくある事である。彼は科学者であるが通常の領域を越えた、未知領域を科学的に説明している。知らない方には、何やらあやしげであるが、私は彼の講義内容を十数回聞いたが、実にすばらしい内容である。最近話題になっている宇宙エネルギーや、霊、超能力の事なども論理的に説明している。彼はサティアサイババから、金色の物像を目の前で物質化してプレゼントされている。それを某国立大学の研究室で分析した結果、物像の組成は、「現在の地球上ではまだ発見されていない物質」と断定されたそうである。しかも、その作製法も、「現在の地球上のどの技法にもあてはまらない」という事である。

次に、A・K氏について(どうして似たようなイニシャルが多いのだろう?)。彼とは友人というよりは、現在、私の精神修業の面での師匠である。インドネシアのJ・スジャントというヒーラーのところへレクチャーを受けに行った時に、A・K氏と出会い、以後お付き合いさせていただいている。Mr.スジャントは私がサイババのアシュラムを初めて訪れた時に出会い、レクチャーをしてくれるという事で、インドネシアまで人を募って押し掛けたのである。3日間の講義であったが、見えない世界に関して、当時の私には非常に参考になった。Mr.スジャントとA・K氏は共に超能力者、霊能者であり、年齢は離れているが互いによく似ている。何よりも私が魅せられているのは彼らの人柄であり、生き方である。Mr.スジャントは遠方であり高齢(80歳)であるので困難であるのだが、私がA・K氏の押しかけ弟子となっているのはそんな訳である。私の瞑想法は彼の影響が大きい。平成7年1月には、私も彼と一緒に、サティアサイババのインタビュールームに入る事ができた。

これまで紹介してきた人の全てはサティアサイババが繋いでくれた縁でできた方々である。実はこれ以外に紹介したい人はまだまだ多い。ここまで書いてくると、当のサティアサイババに関して説明せざるを得ないのだが、実は、これが一番大変な事なのである。少ないスペースと乏しい私の能力で、どれだけ彼の事が説明できるかは不明であるが、私なりに説明してみたい。

サティアサイババに関しては、昨今、日本でも多くの本などが出されているので、詳しい事は省略する。そして、肯定派、否定派、それぞれが存在するのが事実である。どのように彼の事を評価しようとも、それは日本人の自由である。起こる現象をとらえ、信用せず、手品やインチキ呼ばわりする日本人も多い。ただし、現実に彼のアシュラムを訪れ、高い彼の波動に触れた者で、彼のことを悪く言う人を私は知らない。世界中から彼の下へ何千、何万の人が訪れるのは事実である。ビヴーティーという神聖灰を物質化し、多くの人療しているのも事実であるし、またそのビヴーティーを用いても療されない人がいるのも事実である。(実は、最近、この差がどうして起きるのか理由に気がついたのだが。)平成7年1月のサイババのインタビューに同席した私の友人のO氏は、目の前でダイヤモンドの指輪を物質貸してプレゼントされた。彼が帰国して、たまたま彼の友人の宝石商にそれを鑑定させたところ、ベンツS500の値段であったとのことである。(もちろん新車の価格)

サイババは物質化現象をよく見せるが、それは奇跡を見せることにより、人々の意識を変革させようとしているのである。サイババは奇跡のことを単なる自分の名刺のようなもので、自分の活動の中の最小のものに過ぎない、と言っている。「私はあなたに欲しいものをあげる。それは、私があげたいものを、あなたが欲しくなるようにするためです」とサイババは言っている。単なる超能力者や霊能者とサイババが最も異なるのは、彼が人の心を正しく変容させるためにそうした力を使っている事である。そして、彼自身は何も求めない。「何も持たずに私のもとへいらっしゃい。神の恩恵による贈り物をあなたに与えよう。あなたの中にある一切の悪を持ってきて、私のもとへ置いて行きなさい。そして、私の与える祝福を持って帰りなさい。」とサイババは言う。そして、サイババのアシュラムは全てボランティアで成り立っている。我々がアシュラムに宿泊する際払う実費は宿泊料が1泊5円〜10円、食事はバイキング形式の実費で1食50円前後である。そして、有志が労働力や金銭を寄付する事は自由であるが、ボランティアは順番待ちが後を立たず、金銭の寄付は、ボランティア組織が管理する銀行口座へ振り込みとなっている。そして、それは必ず匿名で、という事となり1円であろうが1億円であろうが何の扱いの差もない。これらの寄付金により、インド各地に病院や学校が設立され、人々は無料でその恩恵を受けている。しかし、サイババ自身は当然、金品は一切受け取らない。彼のアシュラムは荘厳であるが彼の住居、インタビュールームなどは、むしろ質素である。彼は睡眠もあまりする必要もなく、食事も、たまに野菜のスープを飲む程度という事である。サイババは言う「私には、人間の持っている欲望を捨てさせたいという、ただ一つの欲望があるだけだ」と。私自身もサティアサイババとの出会いのおかげか、少しは以前より欲が消え、ましな人間になりつつあるような気がする。「私はあなた方が私に花を捧げることを欲しません。浄らかなハートという花を、霊性修行によって柔和になったところを、供えてください。それこそ私の最も好むものです。単に金を払って購う品物を私は好みません。」というサイババの言葉が私は好きである。サイババの好むものを供えられるように努力しつつ、本年もまたインドへ行くつもりである。

 

 院長の独り言 1

   

私がはじめてインドへ行ったときの事です。(1994年)
確かその時は10日ぐらいの旅でしたが、その旅の最終日、私はS聖者 という有名な聖者のアシュラム(修道場)にいました。
もうこれから日本に帰るぎりぎりの時間になり、 S聖者は、私の目の前に立たれ、私に質問をされました。

『あなたは何ですか?』

それを聞いて、私はもちろん返事をしようとしました。頭の中は電光石火、はたまたスーパーコンピューターのごとく機能しはじめました。その時考えた答えは、頭の中に何十、何百とプリントアウトされました。 ・・・私は、姓は服部、名は正です。日本で生まれて、歯科医で、一応医学博士で・・・ 今回はじめてインドへ来て・・・ と次から次へといろいろな答えを思いつくのですが、どうしてもそれを口に出して言うことができませんでした。なぜならその答えのどれもが彼の質問の解答にはならない事が自分で分かっていたからです。そうこうしているうちに S聖者 は立ち去って行ってしまいました。
彼 に声をかけてもらったことは大変うれしかったのですが、私はこの時、彼に何も答えられなかったことがくやしくてくやしくてなりませんでした。そこで彼の質問の答えを見つけるべく、本当に真剣に色々な勉強をしました。

彼の質問した内容は、『自分とは何であるのか、そして人とは何であるのか』という意味です。なんとかこの答えを見つけて  S聖者の所を再び訪れるのに約1年半かかりました。

この時も約11日位の旅だったと思いましたが、やはり最終日になり、突然彼の部屋へ呼んでいただきました。私は宿題の答えを言おうとしたのですが、その事はそれで良いということで、さらに次の宿題を与えられました。2回目の宿題は 『神とは何か?』 そして 『愛とは何か?』 という事でした。

2回目の宿題は約9ヶ月位かかったと思いましたが、またそれを持ってインドに行きました。そしてまた、その時 S聖者 に言われたことは、『その事を実行しなさい』 ということでした。

こんな具合にインドに行っているうちに、S聖者 以外の偉大な聖者にもご縁ができ、彼らからもいろいろな宿題やら、祝福やら、講義などしてもらい、だんだんとインドへ行く回数は多くなりました。ちなみに1999年は4回 約50日間、2000年もネパールを含めて4回 40日間を越えることになってしまいました。

よく人に、「インドに何をしに行くのですか?」と聞かれますが、その時私は 「修行です」 と答えます。インドに渡って当地でおこなうことももちろん修行ですが、そのために日頃の治療の都合をつけたり、日程の調整をしたりするのもかなり大変な業です。さらには、日常の行動、態度、意識など、私の行い全てが修行なのです。もちろん聖者は私の日頃の行動などインドにおられてもご存知です。

また修行は、自分のためだけにあるわけではありません。その成果を日常の仕事、行動、意識などを通じ、周りの人々や社会のために有形、無形を問わず生かしてこそ価値があるのです。

私にS聖者が問いかけた質問、『自分とは何か』という事が自分で分かり始めてくると色々な事が見えてきます。私の現在の仕事である人を治すことも、患者さんと共に、その患者さんの病気とは何か?病気の本当の原因は何か?ということを理解していただくことから始まるのです。もっとも、たいていの方は多くの症状・悩みなどを持っておられますから、それに関する治療も行いますが。

目に見える症状ばかり気にかけると、病気の本質には至れません。病気の本当の原因に気づけば、病気の存在の理由はなくなるのです。人間の本質はもともと病気になるようにはできていないからです。