パリタナ修行紀行 「2003年10月」

 2003年10月に予定していた旅は、実は一旦中止になっていたのだが、ある事情により渡印1ヶ月前ごろに急遽再開された。予定ではいつものように成田からデリーに入り、インド国内線でグジャラート州アーメダバードに飛び、そこから例の(ご存じない方は私の裏ホームページをご参照願いたい)チャーター車でジャイナ教の五大聖地の一つであるパリタナへ向う。パリタナでジャイナ教白衣派最高指導者アーチャリアグルに謁見し、御指導を受けた後、そこから約1000キロ離れたところにおられ、以前お世話になったジネンドラグルにも挨拶をして帰る予定であった。


アーメダバード空港

 
 グジャラート州の玄関口であるアーメダバードにはいくつかの素晴しい博物館があるが、中でもキャリコ博物館は織物博物館としては世界最高のものである。アーメダバードは伝統工芸が今なお息づく町で、道行く女性たちのある者は見事な刺繍の入った衣装や、エスニック風の銀細工の装飾品を身につけている。モスクやジャイナ寺院、またこの地方独特の石段のある井戸などにも、見事な職人芸が施されているほか、家々のバルコニーや窓枠にも美しい装飾がされているのが目に映る。サバルマティー川の西岸にはル・コルビジェなどの有名な建築家による近代建築が並んでいる。束の間の心の休息はあるものの、実は今回の旅は最初からそうであったように、番狂わせに継ぐ番狂わせの連続だった。


 パリタナは、アーメダバードから215キロ離れた高台にあるジャイナ教徒の巡礼地で、シャトルンジャヤ山の周辺に大小863の寺院が集まり、繊細かつ華麗な彫刻が寺院の壁面や天井を飾っている。また独特の表情をしたジャイナ教の神々や始祖の彫像も数限りなくあり、まさに、聖地の雰囲気を醸し出している。

 アーメダバードの空港におりたったのは成田を発った翌日、インド時間の朝8時。いつものビリンダ氏が、何と!すでに空港に到着していた。かって一度たりともなかったことである。そういえばこの辺りは1年程前に地震が起こり大被害を受けた場所である。
 ビリンダ氏が予想を大幅に覆したため、すぐさまアーメダバード空港から出発することができた(いつもなら、待ち時間で1〜2時間を要するのだが)。アーメダバード〜パリタナ間は前記したように約220キロほどの距離なのだが、インドの不安定な交通事情により5〜7時間ぐらいの所要時間の幅がある(道路の凸凹、途中の線路の遮断機、交通の混み具合、牛、山羊など)。途中色々な経緯があったのだが、ここでも予測できない事態が起こり、パリタナへ向う前に同じジャイナ教のグルがこの近辺に居られると言うので挨拶に赴くこととなった。

アーメダバード郊外のジャイナ寺院

このグルは丁度この日が、断食修行30日の修行明けだった。我々がこれからパリタナへ向うと聞き、このグルは大変喜んでくださり、断食明けでさすがに幾分やつれていたにもかかわらず、特別のマントラを授けてくださった。そのマントラというのは、約1000年前に唱えられていたサラスワティ神に対してのマントラであり、このマントラを聞くだけでサラスワティ神の恩寵がその者に与えられる。またこのマントラをBGMのように自分の家で流せば、その家の建てられている場は清められ、そこの家族はもちろん、子孫の7代に至るまでの恩寵が与えられ、一族は繁栄するという代物である。ただし、この恩寵が得られる必要条件として、サラスワティ神に対する信仰心が必要である事は言うまでもない(この事をグルは言われなかったが)。信仰心のうすい日本人がよく言う台詞に「そんな事があるはずがない」というのがあるが、確かに、そんな事を言う人にはそんな事は起こらないのである。では、その恩恵を得るために急にサラスワティ神を拝み奉ればよいかというと、まあ、しないよりは良いのだが、あくまで信仰心という物は、日常の行動の中で現れる物である。実は、修行にいつも同行しているU氏がこのグルから1000年マントラを他の人に分け与えてよいという許可を得た。このマントラをCD化したのだが、当初はコピーが出来ないようにしようとか、値段は高めにしてそれを寄付しようとか、いろいろ考えたのだか結局のところ一切の制限をつけずにマントラを渡し。自由に寄付をしていただくこととなった。この時彼もしくは彼女がどのように行動が取れるかで神の恩恵も恐らく異なるのである。神は人間という器に平等に恩恵の慈雨を降らせている、ただそれをどれほど受け取ることができるかは器の問題なのである。


パリタナ寺院群

 予期せぬプレゼントを頂戴した後、グルの居られたジャイナ寺院でプラサーダムをご馳走になり、今回の主目的の地であるパリタナへ向かう。周りはおそらく40度を超えているであろうインドの田舎道を、いつものようにオフロード風の車で、別に急げとも言ってないのにいつものように全速力で車は走る。インド人のドライバーはとにかくその車の全速力で走るのが好きなようである。道が悪いので普通に走ったとしても、大した時間的メリットはないのだが。パリタナへ向かうこの道も、何度となく通った道である。見覚えのある山や、渡った事のある遮断機のある線路を見るにつけ、何とはなしに、複雑な思いがこみ上げてきた。
・・・俺は何でこんなところにいるんだろう・・・?

 ひたすら暑い以外は何の障害もなくパリタナに到着した。我々は、とりあえず村一番といわれるホテルに宿をとることにした。ジャイナ教の聖地に共通する事はとにかく田舎であるという事なのだが、ここパリタナもその例外ではなく、何もない荒涼とした大地の中に忽然と集落が現れる。村一番、といわれる言葉にはもう慣れたので全く期待していなかったのだが、予想に反して、ジャイニズムに基づいて建てられたと言われるこのホテルは、見かけの予想をはるかに上まわってきれいであった。ただトイレはいつものインド式で、ペーパーは使えない。バスルームは専用になっていて水道の蛇口はついているが、水は洗濯をする気にならない程度に褐色である。ただこの準砂漠地帯で蛇口をひねるだけで水が出るシャワーがあるのはシャワー好きのわたしにとってはとても幸せであった。

 ジャイナ教の有名な聖地であるここパリタナに、ジャイナ教のトップであるアーチャリアグルが逗留して講話をしているので、同派のジャイナ教徒が観光バスを仕立てて大勢やってきている。さながら田舎の老人会(老人会の人ごめんなさい)のお伊勢まいりのようである。と、言うわけでアーチャリアグルは多くの信者に囲まれ、とても我々の相手をしてもらえるはずもなかった。

 そこで、我々はアーチャリアグルに謁見し挨拶をした後すぐさま、1000キロ離れたジネンドラグルの元へ出発する準備を始めた。・・・という予定だったのだが、ここでも大番狂わせが起こった。アーチャリアグルは我々との再会を大変お喜びになり,「何時日本に帰る?」・・「5日後にデリーから帰ります」・・・「それまでパリタナにいなさい」・・「えーっ,ほんとー、いいのー」
というわけで,かってパリタナ以外の田舎ですら起こらなかったことが起こってしまった。もちろん,我々にとっては有り難いことこの上ない。この日の深夜も、何百人かの信者を外の広場に待たせたまま、アーチャリアグルは我々にありがたい講義をしてくださった。(感謝)


朝のパレード


 夜というより深夜までジャイナ教徒や我々の相手をして下さるアーチャリアグルやその他のグルは朝の3時か4時ごろから瞑想をはじめ。そのまま未明から朝の講話が始まり,それが終わると朝の6時ごろからアーチャリアグルを先頭にパリタナ村の中央通りをジャイナ教のグル連を先頭に、シャトルンジャヤ山のふもとにある神殿まで2〜3キロ、バジャンの合唱と楽器演奏をしながら行進する。聖地の落ち着いた朝の静けさは一瞬にして大パレードの喧騒に変貌する。そしてこのパレードの先頭にいるアーチャリアグルの隣には、数多くいるグル連を差し置いて我々が歩いている。(これでいーのかなー)。

 

朝のパレード


 アーチャリアグルは秘伝のマントラやジャイナの宇宙観、効果的な修行法などいろいろな事を教えてくださる。その殆んどの場合は多くのジャイナ教徒やグル連や弟子達を待たせえたままである。秘伝を明かす事は出来ないが以下はアーチャリアグルが講義してくださったことである。

体・心・富(タム・マン・タン)
この言葉はジャイナ教の始祖であるマハーヴィーラの教えでもあります。

 タムは体の事です、人間として今もっている身体をよい事に使いなさい。人間としてどのような怒りも持ってはいけません。逆に、全ての命に対してセヴァ(奉仕)の気持ちを持ちなさい。例えば死にそうな動物達がいたら、その動物達を助けてあげる事により良いカルマが積めます。なぜなら、人間はこうして欲しいと表現する事が出来ますが、動物達はそういうメッセージを伝えられないでいます。そういう動物達を助ける事により大変良いセヴァ(奉仕)となります。
 地球上に非常に多くの種類の命がありますが、どの命も自分の命や自分の体と同じなのです。それらの多くの命に対してセヴァ(奉仕)する事が人間の霊性向上に大変役立ちます。
 注(地球上には鉱物・植物・動物・人間という物理的存在がありますが、そのいずれも、そして地球そのものも命ある存在なのです。霊的に上位の物はその下位の物の進歩を助けるべき立場にあります。人間は他の動物に限らず、植物や地球環境を良くする立場にあり、逆に他の命や霊的進歩を害する様な事があってはならないのです。)
 マンは心です,人間として良い心,慈愛の心,ポジティブな心をもって他の生き物にセヴァを行いなさい。
 タンはラクシュミつまり富のことです。あなた達の人生の中で自分の得た富をどれだけ他の命のために使えるのかが大切です.富を得る事も肉体を持った人生の中で大切な事です。しかし、その富をどう使うかということの方がもっともっと大切な事です。最初は自分の家族のために使いなさい。その後で困った人に寄付をしたり,病気の人のために使ったり,自分の信じるお寺に寄付したり,社会福祉や自分がよいと思う他の命のために使えばよいのです。
 この3つの事を心にとどめておくと今生の成功が得られ,子々孫々の繁栄が得られます。

 ジャイナ教やヒンドゥー教の聖者は時々真言「マントラ」を授けてくれる。ヒンドゥー教でもっとも有名なマントラはガヤトリマントラであり、ジャイナ教のそれはマハーマントラである。

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