2003年インド、タイ修行記

 ゴールデンウィーク直前の4月24日、始発より早い4時50分発の「ムーンナイトながら」に乗り名古屋へ向かう。名古屋発の始発の「こだま」に乗り、新大阪へ。さらに新大阪から「特急はるか」に乗り継ぎ、関西国際空港に付いたのは集合時間の7分前の8時53分だった。
 時はSARS騒動の真っ只中、空港内はやはりマスクをつけた人が異常に多かった。

 今回は、タイ航空でバンコック経由ニューデリー行きである。
バンコック空港での3時間のトランジットのため、時差3時間半を差し引いてデリーの定宿ラディソンホテルにチエックインできたのはインド時間の11時頃だった。このホテルももう20回以上は宿泊しているだろう。翌25日は朝6時の国内線に乗る為ラディソンホテルのチエックアウトは早朝4時半である。

 ニューデリーのドメステック(国内線)空港はSARSの事など殆んど気にしていないようでちらほらとマスクをつけた旅行者の姿が見られる程度だった。
 ニューデリーから目的のグジャラート州アーメダバード空港まで1時間と少しである。空港に我々が到着したときここで待合せを約束していたビリンダ氏は予想通りまだ来ていなかった。インド人の時間概念としては仕方が無いかもしれない。1時間ほどしてビリンダ氏が悪びれる様子も無く現れた後、今回アーチャリアグルの居られるはずのネナワへとチャーター車で向かう。気温はまだ朝だというのに35度を越えている、日本では朝晩はまだ肌寒いというのに。

 ジャイナ寺院についたのは午後であった,気温は40度を越えている。ただし、ここはネナワではなく、さらに田舎のルニと言う名の村である。恐らく日本人がこの村に来た事などないだろう。ジャイナ寺院はどこも人里離れていることが多いのだが、ジャイナ寺院の本殿は殆んど、白い大理石造りであり、どの寺院もとてもきれいで荘厳である。そこにはジャイナ教の始祖や,その地方にまつわるグルが祭られ,近隣のジャイナ教徒がそこに礼拝に訪れる。この村の寺院の宿坊の一室を与えてもらい一休みしていると、恒例の儀式の一つである食事の誘いがきた。最初の頃は喜んでいたのだが,この暑さの中で,辛く,油っぽく,しかも大甘のジャイナ食を食べるのはかなりの苦行である。しかも、このとき食べた、(カレー風味油野菜いため)の油がよほど古かったらしく私を含め3人が食物性アレルギーの症状を発症した。3人のインド渡航歴を合計すると約100回にもなる豪傑揃いなのだが・・・実は、見た途端にイヤーな感じがしたのであるが、食事のときはずっと見張られ、しかも、食べたらただちに次を盛り足されるわんこそば状態なので食べざるを得ないのである。もっとも我々野蛮人だからこの程度で済んだのかもしれないが。

ルニ村のジャイナ寺院

 アーチャリアグルは我々との再会を大変喜んでくださり、本来ならこの日次の村へ移動する予定であったにもかかわらずその予定を中止してくださった。その時間は我々の為に使ってくださったのは言うまでも無い、大変光栄な事である。グルからのの指導の内容は省略する。アーチャリアグルに感謝。

次の日、早朝からグルの一団は次の村,ナナ村へ出発したそうである。我々はその時、不遜にも寝ていた。おかげで前日からのハードな移動でたまった疲れもかなり回復した。ジャイナ教徒の朝ご飯の招待を丁重にお断りし,日本から持参のオーガニッククッキーと地元のチャーイの朝食は日本では決して味わえない満足感があった。
ジャイナ宿舎で地元のジャイナ教徒との歓談の後アーチャリアグルの一行を追いかけるため,ナナ村へ向けて出発する。気温は手持ちの温度計で約45度、その炎天下を徒歩でのみ移動するジャイナ教のグルたちのタフさは尊敬に値する。ナナ村へ我々が到着したのは,アーチャリアグルの一行が到着した直ぐ後のようであった。過去の経験からジャイナの一行が留まるのは殆んど田舎のジャイナ寺院であったため、今回もそうだろうと思っていたがどうも勝手が違う、よくよく見るとどうも小学校のようである,となりの民家と見分けるのが難しいが教室は2つしかない、直ぐ隣には畑が有る。我々はもちろん、この村に初めて訪れた日本人だろう。突然の訪問にもかかわら
ず、我々の一行を、村長と小学校の生徒たちが歓迎してくれた。とくに女性生徒は我々を歌と踊りで歓迎してくれた。到着直後で多分お疲れにもかかわらずアーチャリアグルは我々の今後の修行の方向を示唆してくださった.・・アーチャリアグルに再び感謝・・。

小学校での歓迎(教室にて)

 ナナ村を後に,我々の車はアーメダバードに戻った。国内線のフライトは明日早朝なので、同行のU氏の意見でタージホテルに宿をとる。昨日までと比較し天国と地獄の落差がまた嬉しい。ただここで一つ問題が出た、昨日と言うより、先ほどまでの過酷な条件下での体と心を癒そうと、U氏がメインダイニングでビールを注文した。しかし,ウエイターはノーと言う。よく冷えたのをもってこいといったので、(インドでは珍しくないのだが)冷えたビールが無いのだろうと思っていたのだが、どうも様子が違う。よくよく聞いてみると、ここグジャラート州は禁酒の州であり州の法律の下に酒は出せないと言っているのである。俺は旅人でこの州の人間ではない、したがってこの州の法律は適用しなくても良い。とU氏が反論したが当然だめであった。

 ここアーメダバードはインド航空国内線が発着する都市としては最西部に属し、パキスタンにも近いイスラム系の町である。イスラム教徒は過激ではあるが酒は飲まず、豚は食べない。もっともあの過激な一派がさらに酒を飲んだらもっとひどいことになるかもしれない。(イスラム教徒の方ごめんなさい)と、いうわけで我々の前には折
衷案としてドライビール(ノンアルコールビール)がならんだのである。U氏の無茶な意見が通らなかったのを見たのは、私はこれが始めてであった。

バッタチャリア家の夕食会

 アーメダバード空港より国内線でデリーへ,翌日デリーからさらに約二時間のフライトでコルコタ(カルカッタ)に到着する,コルコタを訪れるのは、インドを約40回目にして初めてであるが噂に聞いていたほど混沌とした町には見えない。ただ、空港から市内へ向かう道はこの辺りでは最高の幹線道路であり,表面的な雰囲気など当てにはならないのがインドである。それより問題は我々がコルコタに到着したまさにその当日,「コルコタのエアーポートでSARSの患者が現れた」と新聞の1面に大きく報道された.ひょっとしてニアミスを起こしていたかもしれないが,たかが死亡率7%ぐらいの病気では私は死なない自信がある。インドではもっと危ない事がいくらでもあったのだ。インディアンエアーラインの事故率も恐らく世界一であろう〈インディアンエアーラインの方ごめんなさい〉。

 コルコタのホテルから車をチャーターし郊外にあるナイハティに向かう。道路はかなりよいのだが、車の混雑がものすごい。気温は45度ぐらいか、まあ、インドだからこんな物だろう。あまり暑いので途中、ドライブインで休憩する。なぜか、青い色をしたペプシがある。インドでは偽コーラなど珍しくは無いので偽ペプシだろうと思い、普通のペプシをくれと言ったのだが、持ってきたものは蓋がさび付いていていつのものか解らない、仕方が無いので青コーラを飲んだら普通のコーラの味がした。

バッタチャリア本家テレセラピー器

コルコタからナイハティまで車で約三時間,宝石光線療法のドクターバッタチャリアのオフィスがある町である。バッタチャリア先生のオフィスは路地の奥のそのまた路地を曲がったところにあった。こんなところを、ただ住所だけを頼りに探し当て、さらにはその治療法を学び、それを日本に広めようとしているU氏とF氏には、ただ畏敬の念と感謝。宝石光線療法は通常の日本人的発想ではにわかには信じがたいところもあるが、たしかに大きな効果がある。ただ、それを使う人により多少結果の差が出る。

バッタチャリア家はこの地方の名門であるが,遠来の日本から訪れた我々を旧知の友人の如く歓待してくれた。バッタチャリア家はこの暑いナイハティでエアコンは無く、代わりに天井や各部屋に非常に騒がしい扇風機がついていた。ドクターバッタチャリアは我々を夕食に招いてくれた。バッタチャリア家の夕食は豪華とはいえないが心のこもった物であった。感謝。

宝石光線療法に関してはいくつかの質問をしたが、我々日本人とインド人との国民性の違いか、あまり質問がかみ合わなかった。それでも100年の伝統は伊達ではなく、日ごろの治療の参考になることも多かった。

タイ・サイヨークへ向かう途中のドライブイン
ファーストフード店・チキン

 

 普通のインド修行の場合はこのまま帰国となる、だが、今回はそのまま帰るわけには行かない。途中バンコック空港に降り、予約しておいた車で市内に向かう。タイは車社会である、さすが文明国、混雑しているとはいえコルコタとは大違いである(コルコタの人ごめんなさい)。この日は、バンコックの中心部のホテルに1泊し、翌日早朝タイ西部にあるカンチャナブリからミャンマー国境に90キロ進んだところにあるサイヨークに向かう。その森林の中にワット・パー・スナンタワラナーム寺がある。

ワット・パー・スナンタワラナーム寺の朝食風景

 アーチャン・カウェーサコー師はこう語る「心を正しく保つ事、このお寺で修行する事の基本です。立つ、坐る、歩く、寝る、いずれの姿勢にあるときでも、何をしゃべっているのか、何を行なっているのかを見つめ、よく自覚します。心を平静に保ちます。心が平静であれば、その言葉、行いもまた正しく、たとえば他人を傷つけたりというこ
とがありません。正しく考え、正しく語り、正しくふるまうということを学びます。仮に、いやなことに出会ったとしても、その感覚にまきこまれず正しく考えることができるよう自分をきたえることが大切です。」

アーチャン・カウェーサコー師

彼等の教団は森林派と呼ばれ、世俗を離れ、仏陀の教えを忠実に守り修行に励む僧侶が集まったサンガに属しています。在野の瞑想修行を受け入れているこの寺院では修行者は、アーチャン・カウェーサコー師の教えを聞いたり、アナパナサティという,吸う息とはく息に集中する瞑想法,そして歩く瞑想法などを学びます。森林というより
ジャングルと言った方が良いかもしれないこの広大な寺域では、昼でも風や水の音、木々の擦れる音,鳥や獣の声など大自然の声以外は何も聞こえません。夜は電気設備もわずかしかありませんのでそれを消してしまえば人口の明かりが一切ありません。
懐中電灯は必需品ではありますが、星や月の光がとても明るく、ありがたいことに気づかされます。インドの修行も大好きですが、このような環境でする瞑想もまた多くの気づきを与えてくれます。特にアナパナサティは呼吸法の基本であり、また極意でもあると思います。

久しぶりに呼吸法の重要性を思い出しました。呼吸は随意と不随意、見える道と見えない道をつなぐ交差点なのです。

ワット・パー・スナンタワラナーム寺のご本尊

コラムの目次に戻る